糖尿病・内分泌専門医の勉強ノート

糖尿病・内分泌専門医による日々の勉強記録です。

甲状腺全摘後 / RI 後の甲状腺ホルモン補充 ~目指すべきは「TSH正常」ではない!?~ (内分泌総会2021まとめ)

先月末より内分泌総会2021がオンライン開催中です

オンラインなので、時間のあるときにゆっくり聞けて、細かい参考文献もメモることができるので便利!

隈病院 伊藤充先生の甲状腺術後およびバセドウ病131I内用療法後のLT4補充療法」の講義はとってもタメになりました。

採血結果でホルモン値全部正常!いいね!って思っていても、何故か甲状腺機能低下症の症状を訴える人もいます。採血結果全部が黒ければ(正常範囲)いいって訳ではないのが、内分泌領域の面白いところですね

 

本講義の要点

甲状腺全摘後またはアイソトープ治療(RI) 後の残存甲状腺がほとんど残っていない場合、レボチロキシン(LT4)内服中の患者において

1.TSH軽度抑制かつFT3正常で Euthyroid もしくは Eumetabolism

2.TSH正常でFT3低値で軽度のHypothyroid もしくは Htyometabolism

であるため、

・TSH目標値は 0.03~0.3 μIU/ml or 正常下限~正常の1/10

・FT3目標は正常範囲内

を目指すべし!

 

 

はじめに

甲状腺のホルモン産生が見込めない症例ではTSH正常が本当にBESTか?

・ ガイドラインに書いてある「甲状腺ホルモン改善とともにTSH正常化を目指す」という文言にピットフォールあり

・ 血中T4は100%甲状腺由来だが、血中T3は80%が末梢でT4から変換されたものであるが、残り20%は甲状腺から直接産生されたものである

・ TSHのフィードバック機構は血中T4濃度によって調整されている。故に、たとえTSHが正常であっても、レボチロキシン(LT4)投与のみでは甲状腺由来のT3が不足することで血中T3の相対的低下が予想される

 

術後およびRI後のLT4内服患者の甲状腺ホルモンバランスについてのこれまでの議論

・ 全摘後LT4補充中、TSH正常(0.3<TSH<5 μIU/ml)では術前よりも血中FT3は低値であり、術前のFT3値を達成していたのは軽度TSH抑制状態(0.03<TSH≦0.3 μIU/ml)の患者群であった(Eur J Endocrinol 167:373, 2012)
・ RI後の甲状腺萎縮状態でLT4内服している患者の血中FT3濃度はTSH正常では有意に低値になる。その一方で、RI後でも甲状腺体積が10mlを超えている症例では、TSH正常でも血中FT3濃度が健常人と同等であった(Thyroid 29:1364,2019)

 

本議題に関する疑問点

1.血中TSHと血中T3値に乖離が生じるのはなぜ?
2.末梢の各臓器内のT3あるいはT4の含有量について
3.甲状腺関連の代謝指標
4.身体症状との関連
5.甲状腺がんにて全摘後にTSH抑制療法が行われるが、骨粗鬆症や心血管イベントのリスクはないのか?

 

1.血中TSHと血中T3値に乖離が生じるのはなぜ?

 末梢組織でT4が上昇すると、T4→T3へ変換される際に必要となる2型脱ヨウ素酵素(D2)の異化が生じる。視床下部ではそのD2異化が生じないため、T4からT3への変換が過度に生じている。また、下垂体では末梢と視床下部の中間くらいのD2異化が生じる。

 そのため視床下部>下垂体>末梢組織の順で血中T3濃度に差が生じる。

 

補足1: iodothyronine deiodinases(D1,D2,D3について)

・ iodothyronine deiodinasesはD1, D2, D3の3種類ある
・D1、D2は、T4をT3に変換する。
・D1は主に肝臓と腎臓に発現し、甲状腺と下垂体にも発現
・D1は甲状腺機能亢進症で発現し、甲状腺機能低下症では低下し、プロピルチオウラシルで阻害される
・D2は主に中枢神経系(下垂体、視床下部)と褐色脂肪組織に発現し、甲状腺や骨格筋にも発現
・D2は小胞体に局在し、T3が核へアクセスするを容易にする。そのため、D2を発現している器官は局所的に生成されたT3を使用する傾向にある
・D2はT4によって制御されており、甲状腺機能低下症で上昇し、甲状腺機能亢進症で抑制される
・D3は、T3代謝の主要な不活性化経路を触媒する
・D3は中枢神経系と胎盤に多く存在し、皮膚と子宮にも発現 

 

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https://basicmedicalkey.com/thyroid-and-anti-thyroid-drugs-2/ Figure 39–3 より抜粋

 

2.末梢の各臓器内のT3あるいはT4の含有量について

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 1995 Dec;96(6):2828-38. doi: 10.1172/JCI118353.

マウス実験では、TSH正常ではいくつかの臓器でT3濃度が少なかったが、TSH軽度抑制では不足している臓器はなかった

 

足2:血中の甲状腺ホルモンレベルと各臓器の細胞内甲状腺ホルモンレベルについて

 甲状腺ホルモンは長い間、単純な拡散によって細胞膜を通過すると考えられていたが、最近の研究では、モノカルボン酸トランスポーターファミリー(MCT)や有機アニオントランスポーターポリペプチド(OATP)といった多くの甲状腺ホルモントランスポーターが同定され、これらは甲状腺ホルモンの細胞内濃度を維持するための重要な役割を担うことが明らかになった。つまり、細胞膜に存在する輸送体によって細胞内T3濃度が調整されているためで、末梢中に循環しているホルモンと各臓器内(細胞内)のホルモンには差が生じる。したがって、LT4単剤内服中の患者において、甲状腺機能正常な本来の状態よりも血清T4濃度を高く、血清T3濃度が低くなっている状態でも、これらの輸送体がT3の細胞内レベルを調節している可能性がある。MCTトランスポーターとOATPトランスポーターは、肝臓、腎臓、脳、心臓で発現しており、MCT8とOATP1C1は脳で重要な役割を担っている。

 

参照) Guidelines for the Treatment of Hypothyroidism: Prepared by the American Thyroid Association Task Force on Thyroid Hormone Replacement(2014

 

3.甲状腺関連の代謝指標

・ マウスの基礎実験だけでなくヒトにおいてもTSH正常+FT3低値では代謝 (脂質代謝) が落ちていることが示されている (Ito M et al. Thyroid 2017; 27: 484)

 

4.身体症状との関連

・ 甲状腺全摘後にTSH正常+FT3低値では日常動作と寒暑の自覚症状が術前に比べて有意に増える (Ito M. 2019; 66:953)

甲状腺文化癌術フォLT4内服患者 319例 (TSH 0.07 IU/l)について後ろ向きに検討した結果↓

 ・26%の患者が低下症状を、9.7%の患者が亢進症状を訴えた
 ・低下・亢進症状のともにFT4よりFT3の関与が大きい
 ・低下症状はFT3正常範囲、TSH抑制状態においても認めた
(Larish R et al. Clin Endcrinol Diabetes 2018)

 

5.甲状腺がんにて全摘後にTSH抑制療法が行われるが、骨粗鬆症や心血管イベントのリスクはないのか?

甲状腺がん術後でTSH抑制療法中患者のメタ解析では、閉経後女性で骨粗鬆症のリスクになるが、閉経前女性や男性ではリスクの増加は認めなかった (Surge Oncol 2002, 79:62 , Thyroid. 2006:16:583)

・心房細動の増加は稀で、TSHレベルではなく累積RI投与量が関連していた(Thyroid. 2015; 25:300 , JCEM 2015; 100: 4563)

・心血管死亡率と全死亡率はTSH軽度抑制では増大しなかった(ただし完全抑制ではリスクは上昇)(J clin oncol 2013; 31: 4046)

 

補足:TSH抑制療法に関する専門的な意見(B. Biondi, DS. CooperEndocrinol Metab Clin N Am 2018)
・外因性潜在性甲状腺中毒症では、血中T3またはFT3濃度が基準範囲の中位または下位にある。
・したがって、内因性潜在性甲状腺中毒症(バセドウ病やTMTG)と外因性潜在性甲状腺中毒症(術度TSH抑制療法)は、重症度や循環甲状腺ホルモンレベルが異なるため、生化学的には比較できない
・このことは、内因性潜在性甲状腺中毒症と外因性潜在性甲状腺中毒症の心血管および骨への影響が異なる可能性を示唆している。

 

隈病院でのLT4内服による治療目標指針

1.甲状腺全摘後、甲状腺萎縮症例(RI後)ではTSHとFT3の2項目を測定

1-1.低リスク症例 or 無病状態

→ 「TSH軽度抑制(TSH: 0.03~0.3 μIU/ml, or 正常下限~正常の1/10)+ FT3正常範囲内」 を目指す

1-2. 高リスク症例(甲状腺癌あり)

→ 「TSH < 0.1 μIU/ml + FT3が正常範囲」 を目指す

 

2.甲状腺組織が十分ある症例(片葉切除後、橋本病など)

2-1. 甲状腺ホルモン補充
TSHとFT4の2項目を測定

→ 「両者正常範囲」を目指す

2-2. TSH抑制を要する症例(巨大甲状腺腫など)

TSHとFT3の2項目を測定

→ 「TSH軽度抑制(TSH: 0.03~0.3 μIU/ml, or 正常下限~正常の1/10)+ FT3正常範囲内」を目指す

*保険適応上、TSH, FT4, FT3が同時測定できないことが前提


米国甲状腺学会による甲状腺機能低下症のガイドラインではどう書かれているか?

7b.

Does levothyroxine therapy that returns the serum thyrotropin levels of hypothyroid patients to the reference range also result in normalization of their serum triiodothyronine levels?(甲状腺機能低下症患者において、LT4治療によるTSH濃度の正常化は血清T3濃度の正常化をもたらすか?)

Patients with hypothyroidism treated with levothyroxine to achieve normal serum TSH values may have serum triiodothyronine concentrations that are at the lower end of the reference range, or even below the reference range. The clinical significance of this is unknown.(血清T3濃度は正常下限値ないしは低値となるが、臨床意義は不明)

 

7d.

Should levothyroxine therapy for hypothyroidism, particularly in specific subgroups such as those with obesity, depression, dyslipidemia, or who are athyreotic, be targeted to achieve high-normal serum triiodothyronine levels or low-normal serum thyrotropin levels?(このようなサブグループにおいて、血清T3濃度の正常化やTSH軽度抑制状態を治療目標とするべきか?)

 

There is insufficient evidence of benefit to recommend that treatment with levothyroxine be targeted to achieve low-normal thyrotropin values or high-normal triiodothyronine values in patients with hypothyroidism who are overweight, those who have depression or dyslipidemia, or those who are athyreotic.(Evidence不十分で結論不明)

 

参照) Guidelines for the Treatment of Hypothyroidism: Prepared by the American Thyroid Association Task Force on Thyroid Hormone Replacement(2014) https://www-liebertpub-com.kras1.lib.keio.ac.jp/doi/full/10.1089/thy.2014.0028